放射線治療は、現在行われている癌治療の大きな柱の一つであることは間違いありません。ですが、この放射線を応用した医療技術が果たして悪性腫瘍の治療にとって本当に有効なのかどうかという点をめぐって、相変わらず激しい論争が続いているのも事実です。
意外な感じがするかもしれませんが、放射線治療は化学療法よりも歴史が古く、1896年にはすでに最初の放射線治療の報告例があります。なんとこの年の前年はX線が発見された記念碑的な年ですから驚きます。ただし、このときは癌治療というはっきりした目的で行われたわけではなかったようで、正式に癌治療として放射線が認められるようになったのは、ずっと後の1930年以降のことでした。
ともかく、X線が発見されて数年後に明らかになったのは、その光線で皮膚疾患や組織の病気が誘発されるという点でした。放射線のパイオニアたちは不慮のやけどや癌によって倒れましたが、当時は、まだその危険性や警告はなおざりにされていました。信じられないほど微量の放射性物質で人間が倒れ、しかも、被曝から発病に至るまでの潜伏期がとても長い放射線被害は、まだ珍しかったせいです。
X線やラジウムの発見とほぼ同時期に、放射線の工業的利用も始まっていました。最も初期の利用法は、蛍光塗料として時計や計器類の針にラジウム塗料を塗りつけ、闇の中でも光らせることでした。第一次世界大戦で計器類の需要がふくれ上がり、ラジウム塗装の工場があちこちに建てられ、多くの若い女性がアルバイトでラジウムのついた筆先をなめては部品に塗りつける作業に従事していました。そして数年後には、その作業に従事していた多くの女性たちが、あごや周辺部にできた癌で死亡してしまいました。こうした悲劇を水面下で何回も繰り返しながら、放射線の医学への応用を模索していたのです。
幾つかの偶発的な「毒性試験」がありながら、放射線の癌治療への応用は、重大なことが何も起こらない夢のプロセスであるかのように考えられ、その危険性は真剣に論議されることがありませんでした。もちろん、このケースは放射線の大量被曝による急性放射線傷害ですが、一見、徴量にみえる線量の場合でさえ、さまざまな癌や白血病が引き起こされることがのちの研究でわかっています。死に至る可能性や寿命の短縮の可能性が高くなるだけでなく、染色体の損傷によって次世代にも影響を及ぼし、骨髄やそれに含まれる免疫系も破壊されます。そして、癌患者への影響はやけどだけではなく、細胞や組織の壊死、内臓器官の線維症なども引き起こしてしまいます。
放射線はかくも厄介な代物ですが、1950年に入ってからは、ライナック、コバルトGというおなじみの放射線の時代になり、今日の放射線治療の主役は、γ線、X線・電子線、最新治療では重粒子イオン加速器による重粒子線治療という段階になっています。さらに、最近ではハイテク・コンピューターにより照射する患部の位置を正確に割り出せるようになり、他の正常細胞への影響が随分少ないものになったのは事実です。
しかし、課題の多くは積み残されたままの状態です。いずれにせよ、放射線は明らかに発癌因子なのです。照射によって骨髄細胞が少なからず破壊され、免疫力が低下したり、ひどい貧血に悩まされるという問題は依然として残っていますし、さらに、放射線に耐性を持ってしまった癌細胞が現れる場合が多いのは厄介なことです。
放射線治療と一概にいっても、その目的や使い方は抗癌剤と同様、いろいろなケースがあります。まずは、早期の癌を完治させるための放射線治療です。どんな癌でも一様に効果があるというのではなく、癌の部位によってこの効果の大きさは異なっています。特に、効果があるのは、悪性リンパ腫、畢丸腫瘍、神経芽細胞腫などです。喉頭癌、食道癌、甲状腺癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌などにも比較的効果が高いといえます。早期であれば放射線治療だけで完治することも望めます。
次は、抗癌剤でも紹介しましたが、手術で切除したけれども目に見えない程度の癌細胞があることを予想して、これを叩くという目的で使うことがあります。再発を抑えるという意味では大事な治療です。手術中に、まだ残っている可能性がある部分に照射することを術中照射といいます。
さらに、そのままでは手術ができるような状態ではないので、あらかじめ放射線を照射することで癌の塊を小さくしておいて、それから手術をするということもあります。また、手術による治癒の可能性を少しでも高くするために、手術前に照射する方法もあります。
放射線治療も、他の治療方法と同様、さまざまな経過を経て進歩をしてきました。体の深い部位にある癌に照射する場合に、その周辺の正常細胞にはできるだけ当たらないようにしながら、癌細胞に大量に放射線があたるようにということで、電子円形加速照射装置、電子直線加速照射装置、60CC照射装置などが開発されてきました。
上述の重粒子イオン加速器による重粒子線治療が生まれ、最近では、ハイテクコンピューターにより照射する患部の位置を正確に割り出せるようになり、患部だけを効率よく照射し、局辺の正常細胞への照射を少なくすることができるようになっています。
しかし、問題は、やはり副作用です。抗癌剤と同様、正常細胞をも傷つけることになるので、さまざまな副作用が見られます。技術的な進歩によって、局部への狭い範囲への照射が可能になりましたが、そうした場合は副作用の心配はさほどないのですが、広い範囲への照射の場合は、食欲不振、吐き気、倦怠感、白血球減少、しびれ、発汗、発熱、頭痛などが出てくることがあります。特に、抗癌剤と同様、細胞分裂が活発な細胞へのダメージは特に大きいものがあります。骨髄、卵巣、精巣、胃腸粘膜、毛根などです。
また、治療をする上での限界としては、その照射量に上限があるということが挙げられます。いくらでも照射できるというわけではないのです。癌を殺すことが目的の放射線ですが、皮肉なことに、規定以上の大量の放射線を浴びると、ご存じのように、さまざまな癌や白血病が引き起こされる可能性が出てきます。あるいは染色体の損傷によって次世代への影響も考えられます。原爆が投下された長崎や広島の被爆者や、チェルノブイリの事故後の局辺住民のあいだに、白血病をはじめとするさまざまな癌の発生率が高いことからもうかがえます。
放射線を照射すると癌がいったんは小さくなるのですが、また再び大きくなることが多く、そうすると再度照射することになります。無制限に照射できればいいのですが、前述したように上限がありますから、必然的に照射するタイミングが非常に大事になってくるわけです。特に放射線で癌を治癒するためには、癌細胞が逃れることなく放射線の照射範囲内に入っており、なおかつ、癌細胞に致死レベルの放射線が照射され、癌全体が死滅することが必要ですから、照射するタイミングとレベルが重要になってきます。
現状では、放射線治療は世界中の癌患者にとって、期待されている治療法とはとても言いがたいのですが、好むと好まざるとに関わらず、癌治療法の大きな柱の一つになっていることには変わりありません。
放射線で癌が治癒可能であるのは、上記のように、原則的に癌細胞が放射線の照射範囲にあり、癌細胞に致死レベルの線量が照射されることによって、癌全体が一掃される場合に限られます。しかしながら、切除手術に限界があるのと全く同じ理由で、この放射線治療にも限界があるのは上述の通りです。
精巣癌、子宮頚癌、前立腺癌などにも放射線はきわめて有効であるという報告は多いようですが、いずれにせよ、放射線というのは、抗癌剤と同じように正常細胞にまでも影響を与えてしまいます。中でも、皮膚、骨髄、胃腸粘膜、生殖器など細胞分裂が速い部位に最も強く影響があらわれ、骨や肝臓などの細胞分裂が遅い細胞にはそれほど影響は出ないようです。正常細胞を傷つけることなく放射線治療を行うことは不可能で、高線量の放射線照射はそれだけ潜在的な危険を内包していますし、吐きけ、疲労、しびれ、発汗、発熱、頭痛などの副作用も伴います。
もちろん、ごく限られた症例とはいえ、放射線治療のほうが他の治療法よりすぐれている場合もなくはありません。例えば、前立腺癌の治療についていうと、手術の場合には、手術自体の危険性だけでなく、結果的に性的不能になるのを免れることができませんでした。性的不能のことを、専門医は命を救うかわりのささやかな代償のように考えていたのですが、最近のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の重要性に伴い、患者さんの精神的なダメージを重視する機運が高まっています。さらに、声帯部にできた癌に対しても、喉頭部の全摘手術で正常な会話能力は失われてしまいますが、放射線治療ならば、その心配もないでしょう。
放射線は手術や化学療法と併用するか、進行癌の治療にも使われるなど頻繁に用いられています。多くの医師が放射線を比較的害のない処置とでも思い込んでいるせいか、進行癌患者の症状緩和措置として放射線を照射するケースも多いようです。
結論的にいえば、放射線治療は喉頭癌や前立腺癌など一部の疾患で手術よりも実施される機会が多くあるにしても、癌の治療における放射線治療の価値はきわめて限定されています。これまで、手術、抗癌剤、放射線による癌の治療法ついて述べましたが、これらの治療法だけでは十分ではありません。なぜかというと、1950年以来癌の発症率は増加を続け、アメリカでは乳癌で60%、前立腺癌は100%の割合で増加し、年間死亡率は1900年代では3%だったものが、20世紀末に入り22%というように増加しているため、この数年間をみると、欧米の癌患者の30%強は、補完・代替療法を求めているという結果が報告されているからです。