一度ガン化した細胞は増殖をくり返し、ほかの組織に侵入して体中に広がっていきます。いったい何がこうした変化を誘因するのでしょうか。ある種の化学物質やウイルス、紫外線など、癌を引きおこす因子はいくつもあげられます。共通しているのは、そのいずれもがDNAに傷をつけ、遺伝子を変異させてしまうことです。癌は遺伝子の疾患であるといえます。
「発ガン物質」といわれる化学物質の中には、直接DNAを傷つけるものもありますが、そのほとんどは細胞内で活性化されてDNAに結合し、遺伝子に変異をおこします。その様子はそれぞれの発ガン物質によって大きくことなり、癌の原因となった犯人を特定する有力な証拠になります。
例えば、たばこの煙に含まれるベンツピレンという化学物質は、「p53遺伝子」とよばれるガン抑制遺伝子の246番目の塩基一つをほかの塩基に置き換えるという特徴的な変異を引きおこします。肺がんにはしばしばこの変異がみられます。
また、貯蔵状態の悪いピーナッツや穀類に生えるカビが作り出す「アフラトキシン」と呼ばれる毒素は、 p53遺伝子の249番目の塩基を変異させることが分かっています。こちらの変異は肝臓がんを引きおこします。
どのような変異による「癌」かを知ることは、癌のタイプを見極めて適切な治療法を選ぶ上で大変役に立ちます。さらに、おのおのの変異を特定の発ガン物質と結びつけることができれば、発ガン物質が環境中に存在した場合の有力な警鐘となります。そうなれば、関係者は人々がその発ガン物質にさらされることのないよう、適切な処置を取ることができます。多くの人が「水や空気、食品などに含まれる化学物質に発ガン性があるのではないか」と懸念していますが、それらが原因となる「癌」はあまり多くないと思われます。ただし、たばこの煙だけは例外です。肺がんの80~90%はたばこの煙が原因であると考えられています。
●紫外線
オゾン層の破壊が深刻になるにつれ、紫外線による皮膚がんの増加が懸念されています。DNAに紫外線が投射されると塩基配列の隣り合うチミン同士、あるいはシトシン同士が結合して「ピリミジンダイマー」と呼ばれる構造を作ります。その結果、DNAはピリミジンダイマー部分で正しく複製されなくなってしまいます。
●ベンツピレン
タバコの煙に含まれている化学物質で、最もよく知られた発ガン物質です。核内に取り込まれるとDNAの塩基と結合してしまいます。その結果、DNAはその結合部分で正しい複製が行われなくなってしまいます。
●癌ウイルス
細胞にガン化をもたらす「ガン遺伝子」を持つウイルスの総称です。ヒトに癌を起こすウイルスは、EBウイルス、ヒトT細胞白血病ウイルス、ヒトパピローマウイルスなどがあります。いずれも核内のDNAにウイルス自身のガン遺伝子を組み込み、細胞をガン化させます。
癌の原因となる遺伝子変異の多くは、外的要因がなくても細胞内部で生じます。
例えば、細胞がDNAを複製するときにエラーをおこし、それをうまく修復できないことがあります。このような誤りは、癌につながる大きな原因になっています。
癌の原因になりうる変異には、遺伝するものもあります。そのような変異遺伝子を受けついた場合は、生まれつき「癌」になりやすくなります。
例えば、「BRCA(ブレカ)1遺伝子」と呼ばれるガン抑制遺伝子の変異を受けついた女性は乳がんになりやすいことが分かっています。しかし、遺伝子変異を受け継いだ人がすべて「癌」になるというわけではありません。遺伝による家族性の「癌」のほとんどは、発ガンの引き金としてほかにもう一つ別の変異を必要としています。
●放射線
X線やγ線といった放射線は、細胞に含まれる水をイオン化して「水酸基ラジカル」と呼ばれる分子をつくり出します。水酸基ラジカルはDNAの鎖を切断するなどの作用をおよぼします。放射線は主に白血病を引きおこします。
●アフラトキシン
ピーナッツや穀類に生えるカビが作り出す化学物質の毒素です。ごく少量でも肝臓がんを発生させます。アフラトキシンは肝臓で代謝された後でDNAに結合し、塩基のグアニンからチミンへの点変異を誘発します。
●発ガン化学物質
癌の発生率を増加させる化学物質すべてのことを意味します。実際には実験室でマウスやラットに「癌」を発生させるか否かで判断されています。下のイラストはアフラトキシンとベンツピレンを描いたものです。アメリカ国立毒性プログラムは「既知化学発ガン物質」および「発ガン物質である可能性の高い化学物質」として100種類以上を挙げています。