私の同級生は胸腺部付近と肩付近に影があり、彼は大阪大学医学部付属病院へ入院していました。精密検査により「悪性リンパ腫」と診断されました。発見が遅れたためかなり進行していたようです。そのためすぐに手術となり、胸腺部は切除を行ったとの事です。
大阪大学医学部付属病院
ただ、肩の小さい影は手術が大変という事と大きさが非常に小さいという事で、抗癌剤治療をしながら経過観察をすることになったようです。
手術して1週間ほどで彼は病院から「次の患者がベッドが空くのを待っているから」との理由で即退院させられ、通院による検査及び抗癌剤治療を受けていたのですが、退院から僅か2ヶ月ほどで肩の一部が大きく腫れ上がり、「再発」と診断されたようです。この肩部の手術は、通常とても複雑で危険な治療(一時的に心肺停止をしての手術)をしなければならないという事で、彼は手術するかどうか非常に悩んでいたようです。リスクが非常に高く、手術中に生命を落とす可能性も高いと主治医から説明があったそうです。同級生の子供はこの時点で保育園児と赤ちゃんの女の子二人、「どうしても死ぬわけにはいかない」と思うのは当然のことです。
この時に彼から久しぶりに連絡があり「久々に会って話がしたい」との事で、私の父の末期癌治療の経過も順調だったこともあり、彼の自宅へ息抜きのつもりで遊びに行きました。
この時に彼から久しぶりに連絡があり「久々に会って話がしたい」との事で、私の父の末期癌治療の経過も順調だったこともあり、彼の自宅へ息抜きのつもりで遊びに行きました。
しかし私の気楽な気持ちとは裏腹に、同級生も彼の奥さん(奥さんも同級生)は非常に落ち込んでいる様子でした。「どうした?」と聞くと彼は初めて自身が悪性リンパ腫で闘病中であること、そして再発したことを話し始め大変驚きました。全身の力が抜ける感覚でした。
彼とは高校では同じバレーボール部で、病気をしたなんて一度も聞いたこともないとても元気だった彼がそのような大病をしているとは到底信じられませんでした。しかし胸腺部の手術痕を見ると現実なのだと分かり、かなりショックを受けたことを今でも鮮明に覚えています。
その時に、実は私の父も中咽頭癌末期+舌癌末期で闘病中であることを同級生に話し、父の経過がとても順調に進んでいる事を希望に感じてくれたようです。
彼は私と会うまでずっと手術すべきかどうか悩んでいたようですが、結果「一か八か」のハイリスクな手術は拒否することに決め、私の父と同じく免疫力を高める治療法、つまり当時米国UCLAにて研究中だった医療機関向け免疫賦活物質(一般市販品ではない免疫賦活物質A.M.D)を服用して、免疫力強化や体力強化、そして生活改善(生活リズムや食生活)などに取り組み、自然治癒力アップのプログラムに取り組むことを決めました。同級生は私の父の末期癌が消えた直後の春から免疫賦活物質の服用(標準量摂取)を開始しました。また、私の父と同じく医療補助用酵素も併用し、「日に日に身体に良い変化を感じる」と言っていたのをよく覚えています。
再入院をしたものの同級生が手術を拒否したことで、病院側は暫く最低限の抗がん剤治療を続けつつ、再三難易度の高い(リスクの高い)手術をするように本人や家族に勧めていました。相当に高い技術が必要な手術だったようで、「成功すれば大学病院としては学会で発表し大きな成績になる手術事例だ」と同級生の家族は言われたそうです。
これを聞いた同級生は相当激怒したようで、「大学病院の成績のために何故リスクの高い手術を自分が受けないといけないのか?」「誰のための手術なんだ!?」と・・・。
同級生の意志は固く、手術は絶対にしないと病院に伝えると「病院ではもう何もできない」と主治医は匙を投げてしまいました。
結果、再入院から半年後の秋に同級生は退院をさせられました。抗がん剤治療で酷い副作用に悩まされ、何度も無菌室に入れられて抗がん剤治療がストップする事もあったので、半年かかってからの退院でした。
免疫賦活物質の服用量を倍量にして飲みながら、同級生は暫く自宅療養をしていました。退院時点までは抗がん剤の効果はあまり見られず、肩部の腫瘍の大きさはほぼ変わらないか少し大きくなっている状況でした。
しかし退院後暫くすると、みるみる肩部の腫れが引いていく状況になりました。これは抗がん剤治療でダメージを負っていた免疫細胞を、免疫賦活物質服用により急速に免疫活性を高めたことによる典型的な相乗結果だと、のちに米国UCLA/DREW医科大学免疫学教授「M.ゴーナム博士」に教えてもらいました。この腫れが引いていくのを大きな希望にして、同級生は半年間の自宅集中療養を積極的に行いました。
そして自宅療養終了後の春、ゴールデンウィーク前に受けた精密検査で何と「腫瘍完全消滅!」「映像診断でも血液検査でも異常なし!!」と診断されたんです!!私の父に引き続き同級生まで完治した事に、本当にその事実は全身に鳥肌が立つほどの感動を感じました。
そして同級生はそのゴールデンウィーク明けからは無事に職場復帰を果たすことができました。
2019年現在も彼はピンピンしていて「あれからずっと健康診断や人間ドックなどを受けていて、映像診断で異常はなく、血液データも全て正常値で推移している。肩部の影も勿論全くない!腫瘍消滅から5年経過時点でもう再発・転移をする心配はしなくても良い、と主治医に太鼓判を押されているから安心してや」との事でした。
2019年現在も彼はピンピンしていて「あれからずっと健康診断や人間ドックなどを受けていて、映像診断で異常はなく、血液データも全て正常値で推移している。肩部の影も勿論全くない!腫瘍消滅から5年経過時点でもう再発・転移をする心配はしなくても良い、と主治医に太鼓判を押されているから安心してや」との事でした。
当時、肩部の腫れは一番大きい時は「レモン大」くらいありました。そんな大きな影が、何と完全に消えて現在に至るのですから、人間が持つ免疫力の凄さには驚かされます。
2017年春/真ん中のギターリストが同級生
同級生は完治後、バンド活動(エレキギター)やママさんバレーのコーチをしていて、私よりも元気に走り回っています。子どもも大きく成長して父親の役目も立派に果たしています。頭は現在もまだ坊主のままですが、抗癌剤などの副作用ではなく、手入れが楽なのでそのまま坊主にしていると言っています。坊主頭はさすがにちょっと、見た目が怖い感じなのですが・・・本人はブルースウイルス的で気に入っているようです。
同級生は一日一日を大切にして、前向きに元気に生きています。現在でも3か月に一度はミニ同窓会で顔を合わせて、仲間と共に楽しくお酒を飲んでいます。彼には、このままずっと元気でいて欲しいと心から願っています。
皆さんからご質問の多い
「医療機関向け免疫賦活物質A.M.D」の詳細については
以下ページに情報をまとめてあります。
ご参考になさって下さい。
父や同級生、末期癌を完治させた皆さんが使用した
医療機関向け免疫賦活物質や医療補助用酵素について
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